祖父。

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私の誕生日のちょうど一週間前、祖父が亡くなった。今年に入ってからだいぶ体調が悪かったようだが、入院して40日経った頃だった。祖母はずっと彼のそばで看病をしていた。

次の日、電車に乗って地元へ帰った。雨風の強い日だった。祖母の希望で家族葬を執り行った。印象的だったのは納棺。棺に祖父を納める時、こんな要心堅固な入れ物だと祖父は息苦しいのではないかと訳の分からない感情を抱いた。けれど私は彼に一切泣けなかった。私は最後に「そのうち一緒にお酒でも飲もうな」と言葉を掛け彼と別れた。そして暇を持て余した徘徊癖のある私は、火葬場をふらふらと散歩をしていた。次々にやってくる霊柩車を眺めながら「なんかすごいな」とふさわしくないことを考えながら、火葬場の代わりに煙を吐きだした。

誕生日の一週間後、持病のある私は病院へ行くため再び地元へ帰り、ついでに祖母の家に行った。祖父母宅は葬儀から一週間たってだいぶ片付いていたようで、部屋のあちこちに大きいゴミ袋が積まれていた。祖母は今年80歳。TVの使い方は詳しいは、タブレット扱うわ、YouTubeも見るし、LINEも扱う、まるで魔女のような人だ。葬儀の時やそれ以前に顔を合わせたことはあったが、その日、久々に祖母を観察すると祖父の看病で疲弊していたようでやはり白髪が増えていた。それでも、一仕事終えた....というのは下劣な言い方かもしれないが、そんな雰囲気の祖母の笑顔を久々に見れた気がして安心した。

 

祖母は色々な話をしてくれた。祖父の出身から学生時代から社会人になるまでとか、たくさんのことを話してくれた。時折、「人が死んだら3万円あったら諸々の葬儀だのなんだのは片付くんよwww」と言われ、まだまだ若々しいなぁなんて思ったりした。

 僕は小さいころ病弱で(今もかな?)病院で幼稚園の頃は過ごすことが多かった。いつも祖父はお見舞いに来てくれたし、病院でいつも一緒にいた記憶がある。祖父は孫である私の事を非常に可愛がってくれた。ただ通夜の時、母親から「あんたが一番祖父にかわいがってもらえとるよ」と言われたことがあまり腑に落ちなかった。孫が可愛いのは確かにあるのかもしれないが、なんていったって自分の娘が可愛くないわけないだろって。自分の子が憎かったり恨めしいなんてことがよっぽどない限り、娘である貴女に愛情が一番注がれてますよ、っていうのを母に言おうかと思ったが、年寄り染みたそれっぽいセリフをいうのも気色悪いと思ったから言わなかった。母も一切泣かなかった。

 祖父の息子であるおっちゃんは泣いてた。ビール腹を喪服で抑え込み、下唇をずっと噛んでいた姿を見て "....素敵な親父だったんだな"と不思議な思いを胸に抱いた。私だって身内なのにな。 祖母もぽろぽろ泣いていた。結婚50年過ぎていたんだっけな。同じ釜の飯を長年食った仲だ。最後も看取ったと聞いた。祖母の涙の滴がとても大きくてそこでどうしてか"夫婦っていいよな...."と思ってしまった。

 

 祖父は86年生きた。満州事変の時に生まれ、戦争で徴兵されかけ、友人を戦争で多くなくした。私が中学生の頃によくそんな話を聞かされた。徴兵で戦争に駆り出された友人の思い出がいつも蘇るらしい。学校に行けなくて本当に悔しかったから、孫である私に心から学校に行って欲しかったようで、「大学合格した」と伝えたとき、泣いて喜んでくれたのが今になってその優しさと彼の思いが身に染みてきた。激動の時代を生き延びて86年も生きたんだ。往生だろ。だけどツラ合わせて感謝したことなんてまるで無かったが、今になって言いたいことがいくつか出てきたわコノヤロー。

祖母が「アンタがもう少しで二十歳だってのに、あの人は死んじゃってねぇwwwww気合いが足らんわwwwwww一緒にお酒飲めたのにねぇwwwwwww」ってケラケラ笑ってたぞ。あぁ私も同意見だ。

 

 祖母と昔話をしていると相当な時間が経っていた。祖母宅を出る時に「あっ、手合わせてねぇや」と思い、祖母に笑われながら仏壇に手を合わせた。線香の火が消えていたから、最近吸い始めたタバコでも刺そうかと思ったが、「んー、......あんま良くないか。まぁ取りあえず一本置いとくわ」と思い、傍に一本供えてきた。法名だか戒名だかわかんねぇけどカッコイイ名前の仏さんになったんだなと思うと少し笑えた。

 だが、孫の私が知っている祖父の事は彼のほんの一面。だけど86年も生き延びたんだ。凄いと思う。だけど私は彼の事を知らない。"優しいおじいちゃん"って形用がふさわしい彼だった。私が泣けなかったのは"彼が満足してた"ことと"私は彼の事をまったく知らない"ってことだと思う。決して冷たいわけじゃないはずなんだ。でも"これが世代が変わるってことなのか...."とやはり失礼なことばかり考えてしまうのはきっと私の性癖なのだろう。

 

 祖母から聞くに、祖父は昔タバコをよく吸っていたという。私が生まれた後に止めたらしい。........まぁなんだ。代わりに私が吸っとくよ。どうしてか私も吸うようになってしまったから。と思いに耽りながら祖母の家を後にした。

 hilite。昭和生まれの人がよく吸ってたらしいタバコ。このタバコ吸ってる人を一度も見かけたことはないが、高度経済成長を支えた人が吸うようなタバコというイメージを何故か持っている。その頃に販売されよく売れたようだ。出来る男の吸うタバコとでも言えばいいかしら。安いライターでそっと火をつけると、香ばしい霧の中からふっと祖父の顔が見えた気がした。が、ヤニクラでふらついてそれどころじゃなかった。昭和の味がした気がした。祖父のことは知らないままだ。